聖書の語る正義とは?サンプル

公平と自由
一部の人の感じ方とは異なりますが、聖書的公平の目的は「自由」です。自由とは、不当な束縛から解き放たれ、本来の自分として生きる責任ある選択ができる状態とも言えるでしょう。聖書的公平は、アカウンタビリティー(説明責任)、平等、責任といった価値を肯定し、霊的な領域と社会的な領域とを結びつけることによって、自由を促します。自由と聖書的公平は、まず神との縦の関係、つまり霊的な真理に土台があります。そしてそれは、人と人との横の関係、つまり社会の中での関わりによって表されていくのです。言い換えれば、聖書的公平とは、神を愛し、隣人を愛することに尽きます。
イエスは、神に対する私たちの態度(霊的なもの)と、周りの人に対する態度(社会的なもの)とを結びつけておられます。愛とは、単なる感情ではなく、行動として表れるものです。思いやりと正しさをもって、相手の最善を追い求めること――それが愛です。ですから、周りの人を愛するとは、抑圧や不公平の中にある人々が自由を得られるように願い、働きかけることでもあります。イエスの地上での働きには、まさにその姿がありました。み国の真理(霊的なこと)を語るとともに、人々の身体的・社会的な必要にも応えられたのです。
私たちが聖書的公平と自由を求めて歩むときには、バランスの取れた姿勢が求められます。罪に立ち向かい、福音を宣(の)べ伝えることはもちろん重要ですが、それと同じように、正義に反することにも声を上げなければなりません。たとえそれが、人種的、社会経済的、政治的、あるいは刑事的な問題であってもです。もし福音によってあなたの人生が変えられたなら、神を賛美しましょう。神の祝福の中にあるなら、神を賛美しましょう。しかし、忘れないでください。神が私たちに自由を与えてくださるのは、私たち自身のためだけではありません。神は、私たちを通して周りにいる人たちが自由を見いだせるよう導こうとしておられます。ここにこそ、聖書的公平の本質が表れます。だからこそ、神は私たちに、弱い者のために闘い、声を上げられない者のために語り、抑圧された人々の権利を擁護するようにと語っておられるのです。
あなたの神への愛と隣人への愛は、どのように結びついていますか?
この読書プランについて

今、公平という言葉に多くの関心が寄せられている、そしてそれは当然のことだろう。社会の繁栄にとって、公平は非常に重要だからだ。だが、公平の意味を知らないばかりに、否定する人も多い。とはいえ、個人の自由を守り、個人の責任を促すという、正しい公平の見解がある。この4日間の読書プランでは、トニー・エバンス博士が真の聖書的公平について解説します。
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