聖書の語る正義とは?サンプル

What is Biblical Justice?

4日中 1日

公平とは何か?

人生とは、つまるところ人間関係です。多くの場合、人間関係の摩擦は誤解から生まれます。ある人は状況をこう見ていても、もう一方は違うように見ています。それぞれが、なぜ相手が自分と同じように見られないのかが理解できず、時には大きな口論に発展することもあります。私たちは皆、それぞれ異なる考え方をしているため、物事の見え方も異なるのです。

「公平」も、そうした誤解されやすいテーマのひとつです。特に「社会的公平」という言葉は、人によってまったく違う意味で使われることがあります。しばしばそれは、富の再分配や政府の権限拡大を推し進める、正当性を欠いた政府のスローガンとして用いられます。しかしこのような見方は、本物の公平を否定するものです。例えば、聖書にある「盗んではならない」という戒めには、国家による富の再分配や、不当な課税といった、神の目から見て実質的に「盗む」ことに当たるような行為も含まれます。

だからこそ、私は「聖書的公平」という言葉を使います。聖書的公平とは、個人の自由を守りつつ、個人の責任を促すものです。社会において神の道徳律を、公平かつ偏りなく適用することを目指します。神なくして、公平を正しく定義することはできません。公平を理解するには、神の言葉に立ち返る必要があります。神は正しい方であり、不公平を厳しく退けられるお方です。神の律法は正しく、偏りなく適用されなければなりません。公平とは、神が人間の行いを量られる道徳的な基準なのです。

ですから、聖書的公平の核心とは、神の道徳律を、経済、政治、社会、刑事など、あらゆる領域において偏りなく適用することにあります。それ以外の公平の定義では、十分だとは言えません。

「社会的公平」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?

この読書プランについて

What is Biblical Justice?

今、公平という言葉に多くの関心が寄せられている、そしてそれは当然のことだろう。社会の繁栄にとって、公平は非常に重要だからだ。だが、公平の意味を知らないばかりに、否定する人も多い。とはいえ、個人の自由を守り、個人の責任を促すという、正しい公平の見解がある。この4日間の読書プランでは、トニー・エバンス博士が真の聖書的公平について解説します。

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この読書プランを提供してくださった、The Urban Alternative(トニー・エバンス)に感謝します。詳細については、こちらのウェブサイトをご参照ください。 https://tonyevans.org