喪失と獲得サンプル

Loss vs. Gain

3日中 3日

物質的な喪失

前回のデボーションでは、愛する人を失うといった「個人的な喪失」について考えました。今回は「物質的な喪失」、つまり人生の中で持っていたものを失う経験に目を向けていきます。

このような状況でも、神は私たちに備えてくださいます。神は、正しいものの見方と、人生における目的を示してくださいます。そして、必要なすべてを完璧に備えてくださるのです。この種の損失における神の備えを見ていきましょう。

キリストが十字架にかけられたとき、マタイは、その死と復活に対する二つの対照的な視点を記録しています。

一つは、イエスの墓を見張っていた兵士たち。封印が破られ、石が転がるという奇跡的な出来事を、彼らは目の当たりにしたに違いありません。イエスの復活の真実について、どれほど力強い証しとなったことでしょう。

けれども、祭司長や長老たちは彼らに金を与え、見たことを偽るように仕向けました。兵士たちは、復活の真実を語る代わりに、「弟子たちが死体を盗んだ」と嘘をつきました。

これに対して、イエスの十字架刑の場面で「まことに、この人は神の子であった」と告白した百人隊長がいました。彼は地上の報酬を何も受け取っていませんが、今日でも誠実で真実な人として記憶されています。

兵士たちは金を手にしましたが、それは使えばなくなってしまうものでした。代償として失ったのは、彼ら自身の名誉と人格です。神は、物質的な喪失に対しても、永遠の価値から見た正しい視点を与えてくださいます。

神が与えてくださるのは正しい視点だけではありません。神は目的も示しておられます。

パウロはテモテへの第一の手紙の中でこう書いています。「善行に富み、進んで与え、喜んで分かち合う者でありなさい」と。世の価値観は「物質的な豊かさを求めるように」と求めてきますが、聖書が勧めるのは「善行に富むこと」です。なぜなら、それこそが本当の宝だからです。

この目的には、決して失われることのない永遠の価値があります。地上の富はやがて朽ちて消えてしまいます。では、どちらの富を求めるべきでしょうか――一時的なものか、それとも永遠に続くものか。

そして最後に、パウロはピリピの信徒への手紙で、すばらしい約束を語っています。

「神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富によって、あなたがたのすべての必要を満たしてくださる」。

お気づきでしょうか。神は、喪失の中にあっても、御子イエスを通して完全に備えてくださいます。

神は、必要なすべてを備えてくださるお方です。

私たちは今、神の恵みに対して心を開いているでしょうか、それとも固く閉ざしたままでしょうか。

「Strong at the Broken Places」のポッドキャストや、無料でダウンロードできるスタディガイドなどのリソースは、gsot.edu/strongをご覧ください。グレース神学校の Grace Center for Spiritual Development は、学位取得を目的としない学び、ライブ配信の聖書学習の機会、そしてこのような黙想のリソースを提供しています。

この読書プランについて

Loss vs. Gain

何かを失い、心に痛みを覚えたことはありませんか? 個人的な喪失、あるいは物質的な喪失により、深く苦しんだことはありませんか? これほどの喪失は、私たちを打ち砕き、粉々にしてしまうことがあります。けれども、神はそんな喪失のただ中で私たちに出会ってくださり、砕かれた私たちを再び立ち上がらせてくださいます。実際に、神を求めるならば、神は喪失の中にあっても、惜しみなく、驚くほど豊かに備えてくださいます。神は、喪失のときにあって、あなたが必要とするものを的確に与えてくださるのです。

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この読書プランを提供してくださったGrace School of Theologyに感謝します。詳細は次のウェブサイトをご覧ください。 http://www.gsot.edu