喪失と獲得サンプル

Loss vs. Gain

3日中 2日

個人的な喪失

聖書が語る真理を胸に、今度は「個人的な喪失」について考えてみましょう。この人生における喪失は、まさに一人ひとりの心に深く関わる、個人的なものです。人格を持った神は、喪失を経験する者に、個人的に寄り添い、個人的な方法で支えてくださる方です。まるで当然のようにも思えます。そして実際に、神はそうしてくださるのです。個人的な喪失のただ中で、神は三つの非常に個人的なものを与えてくださいます。

第一に、神は「お一人の人格」として、御子イエス・キリストを与えてくださいました。福音書記者マタイは、イエスが弟子たちに語られた最後の言葉を記録しています。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と。これは、キリストご自身が語られた確かな約束です。イエスは決して離れず、見捨てることもありません。この地上の時を越えて、永遠にわたって、共にいてくださるのです。「アーメン」とは、「そのとおり」「確かに」という意味です。 つまり、神の言葉は確かで、揺るがぬ信頼に値するものなのです。喪失の時、神はまず御子イエスを与えてくださいます――常に、そして永遠に共にいてくださる方として。

第二に、神は「目的」を与えてくださいます。伝道の書には、すべての出来事に時と季節があると書かれています。死ぬ時、泣く時、打ちひしがれる時、嘆く時、失う時など。けれど同時に、そこには生まれる時もあり、癒される時、築き上げる時、笑う時、踊る時、得る時もあるのです。神は、人生には喪失――それも個人的な喪失――が避けられないことを明らかにされていますが、それと同じように、得ることもまた人生の一部として備えてくださっています。失う中にも、神の目的があり、そこに得るものがあるのです。

第三に、神は「場所」を備えてくださいます。ヨハネの福音書には、イエスの言葉として「心を騒がせてはならない」とあります。なぜなら、キリストが共にいてくださるからです。そして次の言葉は「信じなさい」。信じることは、心配や不安とは対照的な姿勢です。イエスはこうも語られました。「わたしはあなたがたのために場所を用意しに行く。そして、また迎えに来る。わたしのいるところに、あなたがたもいるようになるためである。」イエスご自身が、私たちのために「永遠の住まい」を備えておられるのです。再び来られ、共にいてくださると約束してくださいました。

このように、人生で個人的な喪失を経験する時、神はまずイエスという「人格」を与え、次に、喪失と獲得の両方が地上の計画に含まれているという「目的」を与え、そして最後に、イエスと共に過ごす「永遠の住まい」という場所を備えてくださいます。神は、喪失の中にある私たちと共におられます。その約束は、確かに握りしめるに値するものです。

この読書プランについて

Loss vs. Gain

何かを失い、心に痛みを覚えたことはありませんか? 個人的な喪失、あるいは物質的な喪失により、深く苦しんだことはありませんか? これほどの喪失は、私たちを打ち砕き、粉々にしてしまうことがあります。けれども、神はそんな喪失のただ中で私たちに出会ってくださり、砕かれた私たちを再び立ち上がらせてくださいます。実際に、神を求めるならば、神は喪失の中にあっても、惜しみなく、驚くほど豊かに備えてくださいます。神は、喪失のときにあって、あなたが必要とするものを的確に与えてくださるのです。

More

この読書プランを提供してくださったGrace School of Theologyに感謝します。詳細は次のウェブサイトをご覧ください。 http://www.gsot.edu