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不安だらけの生活から抜け出したいーー試練には終わりがあるの?

5日中 3日

なぜ神様はイエス様を十字架にかけるほど愛してくださったのに、喜びだけの人生ではなく、苦しみも経験させるのでしょうか?
主に3つの理由があると思います。

  1. キリストを信じるだけでなく、キリストのために苦しむ特権を与えられているからです(ピリピ人への手紙1章29〜30節、ペテロの手紙 I 2章21節、ヨハネの手紙 I 2章6節)。
  2. 自分や他人の力だけでは乗り越えられない弱さを通して、神様に依り頼むようになるためです(エレミヤ書17章5〜10節、コリント人への手紙 II 12章7〜10節、ピリピ人への手紙3章7節)。
  3. 苦しみからしか得られない恵みがあるからです(詩篇119章71〜72節、コロサイ人への手紙1章24節、コリント人への手紙 II 8章2節)。

だからこそ、喜びだけの人生よりも、苦しみのある人生の方が、私たちが受け取る恵みは多いのだと思います。

「弱さ」や「苦しみ」さえも、神様は益として用いて、ご自身の計画を成し遂げてくださいます(詩篇30章12節、ローマ人への手紙8章28節)。

神様はイエス様を全ての人の罪のために十字架にかけることを惜しまれませんでした(ルカの福音書13章33節、ヨハネの福音書3章16節、へブル人への手紙12章2節)。

そして、あなたも命をかけて愛しておられ、試練の中にいても決して見捨てることはありません(コリント人への手紙 I 8章3節、へブル人への手紙12章7節、ローマ人への手紙5章3〜5節、ヤコブの手紙1章4節、5章11節)。

主は見えないところで、あなたのためにいつも働いておられます(詩篇121章1〜3節、イザヤ書64章4節、マルコの福音書10章45節)。

キリストの弟子として、この世では苦しみがあります(ペテロの手紙 I 4章1節、使徒の働き5章41節、ローマ人への手紙8章17節)。

しかし、主が共にいてくださるからこそ、苦しみを乗り越えられます(イザヤ書41章10節)。

そして、乗り越えた先には必ず、主が備えてくださった恵みが待っています。

「競走の選手はベストを尽くせるよう、何事にも節制しなければなりません。彼らは、やがては朽ちてしまう栄冠を得ようと、あらゆる困難と戦い、ひたすらトレーニングに励むのですが、私たちは、決して朽ちない栄光を受けるためにそうするのです。」コリント人への手紙 I 9章25節(JCB)

この読書プランについて

不安だらけの生活から抜け出したいーー試練には終わりがあるの?

何年も試練が続く生活を送っている。 昔は小さな恵みに感謝しながら、なんとか乗り越えてこれたけれど、 今は心から満たされることが少なくなり、少しずつ疲れがたまっていって── 気づけば、神様から離れ始めている自分がいる。 御言葉を開こうとしても、「また同じことの繰り返しなんじゃないか」と、どこかで諦めてしまいそうになっていませんか? 今回のデボーションでは、3つのポイントを一つずつ、一緒に見ていきましょう。 (1) 試練にはおわりがあるの? (2) なぜ喜びだけの人生を与えてくれないの? (3) 改めて、「逃れる道」とは何か?

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このプランを提供してくれた Matthew 13:23 Ministries に感謝します。詳細については、次のWebサイトをご覧くださいhttps://matthew1323ministries.org/homejp