霊の戦いとは何か?

デボーション

霊の戦いとは何か?



霊的な観点から言いますと、私たちの肉眼では見えない、見えざる世界があります。この見えざる世界では、私たちの霊の敵サタンのそそのかしによるバトルが起こっています。サタンはまた悪魔、悪しき者、盗人とも呼ばれています。



サタンは偽りの父です。サタンからくる攻撃や行動の計画はすべて偽りから始まります。それがキリストに従う者たちへの、サタンの攻撃手段です。もしサタンが私たちに偽りを信じさせることができたら、それを手始めとして私たちは欺かれていきます。ですから、私たちは神の真理を知り、真理に生き、真理の上に立ち、真理を分かち合わなければならないのです。



サタンは遍在しないということを、私たちは理解しなければなりません。世界の人口は八十億人ですが、私たちの神、驚くべき善いお方である神は、私たちひとりひとりと共にいてくださいます。しかし、サタンはそうではありません。確かに、ほかの悪霊や悪の力は働いていますが、サタンはあらゆるところに同時にいることはできないのです。ですから、サタンをあまり過大評価しないようにしましょう。



もしキリストに従うことを決心したなら、私たちは霊の戦いを交えることになります。どうしてでしょう?それは、サタンがキリストに従う者を嫌い、私たち、つまりキリストに従う者をつまずかせるためには何でもするからです。そして、サタンは「ある程度」の力はありますが、私たちの偉大な神のように、全能ではありません。事実、サタンは神の御支配の下にあり、何をするにも神から許可を得なければならないのです。



「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。それで、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」。(ルカによる福音書 22:31-32)



サタンが神に許可を求めなければならないという事実は、励ましでもありますが、あまり聞きたくありませんよね?もし神が完全に統治されているのなら、なぜ神はサタンが問題を起こすのを許しておられるのでしょうか?こここそ、信仰のたてを手に取るべきところです。神がなぜサタンを世々限りなく日夜苦しむ場所にいまだ送っておられないのか、私たちには決して完全にはわかりません。しかし、ヨハネの黙示録20章20節には、それは正にいつの日かサタンにかならず起こることであると記されています。



私たちの霊の敵であるサタンにとって、私たちが他人の欠点ばかりをあげつらい、サタンの存在を忘れてしまうこと以上にうれしいことはありません。高速道路でいやな思いをさせる人や、ひどい仕打ちをする家族の誰かが敵であるように思わせることは、サタンの策略のポイントなのです。その人々が敵なのではありません。サタンこそが敵なのです。



霊の敵が常に私たちの生活を台無しにする方法を探しているからといって、私たちが敗北しつづけることはないのです。私たちの内に住まわれる聖霊は、私たちを滅ぼそうとするサタンよりもはるかに偉大です。私たちには敵が仕掛けたわなに落ちないよう自分を守るために使える武具があります。これからの四日間、このプランでの学びを通して、それがどのような武具であるかを確認しましょう。